1月28日(月)の夜、会社から帰ってきたら、同じ「くるわ」の隣の組のおじいちゃんが亡くなったとの話。 28日が通夜で29日(翌日)が告別式。我が家は隣の組になるので、今回は1日だけの、男だけの「ハタラキ」になる。 今回は順番から我が家が「ジドリ」(納骨)の担当になる。これは男手でないとダメ。従って、自動的(?)に29日は会社を休まないと行けなくなる(^^;
この時期は正直言って次年度の予算だ計画だと色々と入っていて、結構、忙しい時期。加えて、29日は昔からの旧NIFTY-SERVE(現@nifty)のパソ通仲間(と言っても仕事でやっていたフォーラムなので参加メンバーは仕事関係のお客さんが中心なんだけど)のオフラインが前々から入っていた。ま、でも、こればっかりはしょうがない。会社とオフラインの幹事役をやっている人に「明日休み」のメールを入れる。
さて、後はなんだっけか。 前に隣の組の不祝儀があって、その時はどうだったんだっけかなと思い、その時の記録を見てみた。その時のことも、このホームページで細かく紹介しているので、そのページをオフラインで見てみる。 ふむふむ、「ハタラキ」は男1日で良い、米を5合(一人分)持っていくのを忘れないように−−等々、当時の記憶がよみがえる。ホームページで紹介していると、自分にとってもなかなか便利だったりする(^^;
翌朝(1月29日)、8時に葬儀の家に行く。既に坊さんがお経をあげていた。火葬場の予約が朝一とかで、親戚縁者の人たちで火葬場へ向かった。 我々「ハタラキ」のメンバーが全員集合して、何をどうするとかの最終確認。一斉に仕事に掛かる。男衆はまず炊き出し。カジキマグロと上げ豆腐、コンニャクの煮物を作る。数が多いので結構時間が掛かる。
で、ジドリって一体何をやるんだっけか? 一緒にジドリを担当する人は集落の長老だからその点は心強い。 みんなが「ジドリはドーンと座って、酒を飲みながら、みんなのハタラキ具合を見ておけば良いんだよ」と言う。ホントかなぁ(^^; 「ほい、酒」と茶碗にドっと注がれる。「ホントっすかぁ?」「ホントだって」。
酒を飲みながらも、新参者だし、まだこれでも遥かに若手だし(^^;、で、炊き出しを手伝う。一通り出来上がる。10時ごろに「ジドリは食事をして!」と食事が出される。「はい、酒も」って、そんなに飲めないってばぁ(^^;
後で聞いて分かったけど、土葬のころは「ジドリ」は4人で担当して、2時間くらい掛けて土葬の穴を掘り、棺桶を4人でそこまで運んで、埋めるまでのすべてをやったんだそうだ。 そうすると、確かに、力仕事だし、時間的にもこの時間に食事をして出かけないと間に合わなくなってしまう。なるほどなぁと思った。
で、食事をして。。。 と言っても、炊き出しをしながら、味見もしてるので、結構腹一杯。この状態に、さらに混ぜご飯とみそ汁。。。食べ過ぎて「ハタラキ」が出来なくなりそう(^^;
「穴を掘るのに地面が凍って掘れないから何か掘るのを持ってった方が良い」、「ホウキとバケツはどこそこのを使って」、「ここの墓はどこそこだよな」等々、長老グループ(?)が確認して、いざ出発。
まず、墓を綺麗に掃除する。苔も綺麗に取ったりして掃除をするので、これだけでも結構時間が掛かる。 線香をあげる台を綺麗にする。線香立て言っても立てるのではなく横に置くようになっている。周りの墓もみんな同じだった。珍しいなぁと思っていたら、長老が「その方が安上がりだからな」と言う。ま、それはさておき(^^;
納骨の確認。墓の骨壺を入れる扉を開けてみる。滅多に開けることのない扉なので、土でくっついて重い。何とか持ち上げて中を覗く。骨壺をもう一つ置くにはちょっとキツイかも。 この辺りの墓は、地面から3段くらい上がって、そこに墓石がある。だから、壺を置くところは、墓石の前の平面の扉を開けて、墓石の下に、あたかも地下に置くような状態になっていて、それもこっちの上半身が入っていけないので、頭は外に出したままで両腕だけで地下の前方に置かないといけない。なかなか置きにくい。 我が家(ダンナ)の実家の墓は、扉を横にスライドさせて、ほいと入れるだけなので簡単なんだけど、ここのは非常に置きにくい作りになっている。
長老が、扉を開けやすいようにと、細い木を切ってきて扉の両脇に差し込んだ。なるほど、これなら、納骨の時に、手を差し込んで持ち上げるだけで、すぐに扉が開けられる。
墓の両脇に竹を差す。この竹には、線香を上げた人たちが、半紙に米を包んで、この竹に結ぶ。この意味は聞いていないので分からないけど。
それから、墓の真ん中あたりに畳み半畳くらいのセメントで作った台があって、その4角に穴を掘って竹を差す。この穴が凍っていて掘れないからと言う話だったようだ。バールで4角に穴を掘る。 ここに差す竹は、出棺の時に先頭を歩く人が持っている竹で、4本あって、それぞれ4色の半紙が七夕のような感じで1枚ずつ付けられている。この意味もまだ分からない。 棺を担いだ行列が入ってくる導線を綺麗に掃除する。これで一通り準備完了。
一旦、葬儀の家に戻る。 またまたカネと太鼓のたたき方の話が出た。これはもぉ、この前の葬儀で太鼓を担当したので、まだしっかりと覚えている。「太鼓にたたき方が書いてありますよ」と言うと、みんな知らなかったみたい。そのたたき方を見ながら「ドンチン・ドンチン・ドンドンチンチンです」と言うと、「太鼓が先かぁ、祝い事と逆なんだっけ」と言う話。祝い事はカネが先だそうだ。 「あれ、この前太鼓をやったんだっけ?!じゃぁ、担当が違うよ、誰それさん、カネをやって」と言う話になったりする。 この前は誰が何を担当したなんて、やっぱり、みんな覚えてないですよね、記録を付けてる分けでもないし。
13時に出棺だから、その少し前に、墓に出かけて、待つ。 少し早かったので、長老と車の中で待つ。その間、町や集落の色んな歴史とかの話を聞かせて貰った。 この長老は歴史にメチャ詳しい。町のことだけでなく、日本や世界の歴史にも非常に詳しいので、凄い勉強になる。が、あまりのインプットの多さに、我が頭は過飽和状態になって、半分も入ってこない。 もったいないなぁ。この話は録音しておくに値するなぁと思いつつ。。。 あ、やってきた。
車から飛び出して、先頭の人から竹を受け取って、掘った穴に差し込もうとするが、少し穴の堀り方が足りなかったか、差し込んでも倒れそうになる。 長老が、竹の先を出刃で鋭角にそぎ落として差し込みやすくしてくれた。
遺骨を持った親族が、畳半畳の台座の周りを6回(4回かな?)ほど回る。その後、台座に遺骨を置いて、布をほどいて、木箱から出して骨壺を取り出す。亡くなったおじいちゃんの眼鏡も一緒におさめて欲しいとのことで、壺を開け、眼鏡を入れる。 坊さんが言う。壺以外の残りの「木箱と布は後でジドリが焼いておいてくれ」。
納骨。小枝を挟んでいた扉を開ける。 長老から壺を受け取って、腹這いになって何とか墓に入れる。ここで壺を落とすわけにはいかないし(^^; 壺を置くところが、やっぱりちょっと狭い。長老が喪主を呼んで「とりあえず置いておくから、後で置き場所を少し広げてキチンと置けるようにしておいた方が良いぞ」と説明。
参列者が一人ひとり焼香する。終わると半紙を小さく裂いた紙に、米を一掴み包んで墓の脇の竹に結ぶ。 みんなの焼香が終わった後、我々も焼香を済ませる。 坊さんは初七日の準備に途中からさっさと戻っていった。 納骨と焼香が終わって、みんな一旦葬儀の家に戻った。 我々「ジドリ」は、坊さんに「焼いておいて」と言われた残り物を焼却する。 火の後始末をして墓を離れる。
長老が言う「風呂に入って体を清めて出直してくるから。おまえも着てるのをジャンバーじゃなく少しましなのに着替えてきた方が良いな。ズボンもはき替えた方が良い」。 家に戻って、少しましな格好に着替えて、葬儀の家に行く。「風呂、入ったか?」、「あ、入ってこなかったっすけど」。 ほんとは葬儀の家で体を清めるのに風呂に入るのだそうだ。 「ここは風呂がないからシャワーにするか?」、「げっ、この寒いのに。。。家で入ってきますよ」、「ま、後からで良いよ」。
家の中では初七日が行われている。お経が聞こえる。 終わって、親戚縁者の食事。 「まだ、やってんのか、長いなぁ、この寒い中で待たされちゃ風邪引いちゃうよ」。「今から食事じゃ、まだ30分は掛かるなぁ」等々の会話が、我々「ハタラキ」の中で交わされる(^^; 告別式が終わって葬儀社から持ち込んでいた暖房器具もさっさと片づけて持って帰られたから、寒い。 「どこどこの葬儀屋だったら暖房も最後まで置いといて後で取りに来るんだけどなぁ、今日のは葬儀が何件もあったからどこどこに頼んだみたいだな」。 ようやく親戚縁者の食事も終わり、一人二人と帰って行く。
やっと「ハタラキ」の連中の食事が出来る。 寒い外でジッと待ってると身も心も凍り付くような寒さだったので、家の中に入れるだけでも助かる(^^;
初七日が終わって、みんなが帰ると、今度は喪主側が「ハタラキ」に来てくれた人たちに食事を出してお礼をする番だ。 「ジドリは一番前に座るんだよ」、「うそぉ(^^;」、「ほんとだって。ジドリが一番前で、その隣に○○で」。 座る順番も決まっているらしい。一番大変なハタラキの順に、奥から座るらしい。 ってことで、一番前に座らされてしまった(^^;
宴会が始まる。喪主側が一人ひとりにお礼を言いながら酒を注いでまわる。当然(?)一番前に座っているジドリにはたっぷりと酒が注がれて、何杯も飲まされてしまった。 この家は、子供さんたちがみんな外に出ていって他のところに住んでいるので、今は「おさんやさん」にも出て来ない。我が家が「おさんやさん」の当番になって会費を貰いに行ったときに、「出られないから外してくれ」と言われた。
だから、この家の人たちは全く顔すら知らない人たちばかり。 「あ、ども、新参者の誰それです、よろしく」と、はじめましての挨拶ばかりになってしまう(^^; 息子さんと話していたら、なんと奥さんが、我が家の実家のある九州・延岡市の出身だと言う。それわもぉ挨拶に行かないと(^^; ってんで、奥で色々と対応に追われていた奥さんをつかまえて、暫く話しこんでしまった(^^;
6時ごろ、ようやく終わって家に帰る。朝から飲んでいたので、バタンキューで寝てしまった。 7時ごろ電話。九州の実家の兄からだった。「叔母が亡くなったので、これから通夜に行って来る。香典、どうする?」「送るから立て替えといてぇ」。 この週の金曜日、会社の元上司だった人が亡くなったと言う連絡。日曜日に大宮の先まで通夜に出かける。 なんと、この週だけで3件の葬儀。寒い時とか暑い時期は結構多いんだよね。体力が持たなくなるのかな。 合掌 |