多古町大定住計画

田舎のご近所付き合い、その9:田舎のしきたり(不祝儀)
(2000年3月13日、14日)
日曜(2000年3月12日)の夜、ご近所さんから、どこどこの誰それさんが亡くなったから、明日(月曜)朝8時に全員集まるように!の呼び出し。
「くるわ」(集落をこう呼ぶ。我が家のある「くるわ」は17軒で構成している)の、更に二つに分かれた最小単位のブロック(我が家のあるブロックは9軒で構成し、「谷」と書いて「さく」と言う。)の中のおばあちゃんが亡くなった。
我が家の家族は、月曜から20人くらいの仲間で那須に2泊3日で遊びに行く予定だったが、急遽キャンセル。

月曜の朝、8時から葬儀の段取りの打ち合わせをすると言う。
とりあえず8時からの打ち合わせにはMiekoが出ることにして、Tsuyoshiは午前中は会社に行くことにした。
月曜の朝、会社に行くために東成田駅に向かってバイクで出かけた。
途中、亡くなったおばあちゃんの家の前を通りかかると、そのお隣の息子さん夫婦がおばあちゃんちから出てくるのに出くわした。

「今朝8時から段取りの打ち合わせだって聞いたけど、いないとマズイっすかね?」
「いられるんならいた方が良いと思うけど。。。午前中は男衆で、午後から女性陣なんですよね」
「げっ、んじゃ、いないとマズイじゃん。休むかぁ、会社。。。」
と言うことで、急遽、会社を休むことにして家に引き返した。

朝8時に男衆が集まって段取りの打ち合わせが始まった。
亡くなられた家のお隣さんが「昨夜、何々さんが亡くなられ、葬儀一切の世話役を頼まれたので、僭越ながら。。。」と言った主旨のことを話して、その人の司会進行で段取りを決めていく。
かなり細かく決める。最初は「役場には誰が行くか」と言う話をしていたので「何で役場なのかなぁ」と思っていたら、焼き場の聞き違いだったようだ。
「ジドリを誰に頼むか?」。通常は同じ「くるわ」の別のブロックの人に頼むらしい。今回も誰それさんに頼もうと言う話をしている。
「ジドリ」って何? さっぱり分からない(^^; 後で聞いたら「ジドリ」とは納骨担当のことだそうだ。

段取りも決まって、それに従って、何人かに分かれて通夜、告別式の準備に掛かる。
我が家は、ご近所さんと数人で、「くるわ」で共同で所有している机や食器類を保管している倉庫から持ってきて準備する担当になった。
倉庫に行く途中で家の前を通るので、会社に2日間休むと連絡しておかないと、と、家に帰って電話。
電話の向こうで「何でそんなに休む必要があるの?」と(^^;
どうしても所用で休めない人(参加できない人)は親戚縁者に頼んで代理で出て貰ってたりする。

午後からは女性陣が総出で炊き出し。
通夜そのものは身内の人や縁の近い人たちで対応したらしく、Miekoは夕方6時くらいに帰ってきた。
翌日の火曜日も8時から準備に入った。今度は男衆が炊き出しで、女性陣が弔問客のまかない担当。

朝一でご近所さんと町の「コーポ」に、頼んでいた魚を貰いに行く。魚の切り身、50切れ。貰ってきたら、すでに炊き出しが始まっていた。貰ってきた魚の切り身を味醂醤油で煮込む。みんな慣れた手つきで、実に上手い。味付けも大胆なるも、味見をするとこれまた実に美味い。

10時に火葬場に向かって親戚縁者の人たちが出かけて行った。Miekoはご近所さんと2人で火葬場でのまかないのために出かけて行った。

12時から告別式。
昨日、同じ「くるわ」だと香典は幾らくらい包むのか、ご近所さんに聞いたら、「他の人に聞いておくよ」と言うことだった。
朝、その人から「香典3、初七日2だって」と教えて貰った。
「初七日って、どの時点でどうやって出すんですか?」、「初七日って書いて出せば良いよ」、「はぁ。。。(^^;」

最近は初七日も告別式と一緒にやるところが増えてきたようで、この「くるわ」でも、告別式の後に続けて初七日をやるのだそうだ。告別式で納骨に行って、帰ってきたら、今度は親族だけで初七日の墓参り。墓まで遠い時は途中まで行って帰ってくることもあるとか。

香典も「通夜見舞い」、「香典」、「初七日」と3回出すようだ。
使う袋は霊前袋でみんな同じだけど、袋の右肩に「通夜見舞い」とか「初七日」と書くらしい。
今回は、「くるわ」の連中は「働きに来てるから」と、通夜見舞いは出さないと言うことになった。
後、初盆の時も、何か見たことのない御仏前用の袋を「コーポ」とかで売っていたりする。
昨年の夏、店で見かけて「こんなのもあるんだぁ」と思った。
「くるわ」が違うと、「くるわ」の世話役の人が1円を集めに来て、それでお終いと言う何とも簡素なところもあったりするんだけど、結構、複雑なんだなぁと思ったりした。

「くるわ」のみんなは、早々と香典を出していたらしい。我が家も、急いで家に帰って用意してきた。
告別式の時に「初七日」のも出すのかなぁ?と思って、受付担当のご近所さんに聞いたら「後で初七日をやるから、その時に出して」と言われた。

告別式が終わって納骨に出かける。
炊き出しの時に、「おまえ太鼓やれ!」と言われて、「なんですか?太鼓って?」。
納骨の時のチン、ドンのカネと太鼓のことだった。
結局は他の人がやってくれたけど、事前に音合わせをやっていても、本番の出だしではリズムが合わなくって、なかなか難しいようだ。
我々の実家のある田舎(九州)のとは少しリズムが違う(かなり早い)し、実家の田舎では「ガーン」と言うドラが入って、一定のリズムのたたき方だったと思ったけど、こちらのは、チンドン・チンドン・チンチンドンドンと、1回1回2回と言う変則のたたき方だ。
色んなところで少しずつ違うところがあるなぁと思いながら、色々なことを勉強させて貰った。

弔問客が帰った後で、手伝いに来ていた「くるわ」の人たちに入って貰って、お礼の宴会?に入る。
始まる前に、女性陣がドっと霊前に行って焼香方、「初七日」の見舞いらしきものを出している。
「あれぇ?先に出すのかなぁ」と思って見ていた。行って良いものかどうか(^^;

身内の方のお礼の言葉が終わって酒の席になった。受付担当の人が、「香典と初七日のお返しを配るから」と、何人かでみんなに配り始めた。「おぉ、まだ初七日見舞いを出してない(^^;」。慌てて霊前に行って焼香し、初七日見舞いを出してきた。
同じような人がもう一人いたので、助かった(^^;

後は、小一時間、「くるわ」の人とか親戚縁者の人たちと色々と話をしながら。。。
誰かが席を立った時点で、こちらも失礼することにした。
女性陣は後かたづけがあるので、Miekoを残して一人で帰ってきた。
暫くしたら、片づけは明日やるからとかでMiekoも帰ってきた。

結局、「くるわ」の中の同じブロックで不幸があった場合は、男性は2日、女性は3日、手伝いに行くことになるらしい。
お陰で「くるわ」の人たちとたっぷりと話すことが出来て、有意義な時を過ごすことが出来た。こんな機会と経験の場を与えてくれたおばあちゃんに感謝しなくっちゃ。

この週末の3月19日(日)は区会があって、輪番制で我が家が「くるわ」のブロックの世話役(回覧板をまわしたりする、要するにコマ使いヾ(^^;))を仰せつかる。今回の手伝いの中で初めて聞いたけど、何と4年後は区の役員(4人の総代の一人)が廻ってくるとか。いやぁ、結構、色々あるもんだなぁ。
でも、田舎って楽しいっすよ。

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